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2025/05/04 03:42 |
やっぱGX難しいって
なんつーか、話の途中で次元の裂け目とか特異点が発生してるよ(笑)
しかもわりと必然的に。
セブンスターズが特待生?え、人間じゃなかったよ??どゆこと??とかもう考えなくていいんじゃないのって気がしてきた\(^o^)/
セブンスターズ編は十代が起きたまま見た夢みたいなイメージ。
GXの世界観は劇場版ドラえもんで言ったら夢幻三剣士…って歳がばれる(笑)たいして隠してないけど(笑)いつの間にか本の世界と現実の世界が混ざっちゃった!みたいな。

とまぁ酔っぱらったコメントはさておき、GXは「十代の見ている世界」をベースに設定組んでるんだと思います。
で、それは「十代の目に映る世界の姿」だから、「十代が世界を見る目・見方」が変わればもちろん変わるわけで。その結果がズレだったり矛盾だったりとして表れてくるんだと思います。
TURN-20でエレメンタルヒーローと恋する乙女の寸劇みたいなのが繰り広げられてるんですが、あれは「十代だけに見える精霊のやりとり」という設定ではあるけど、いたって普通の大人の目で見るとそれは「十代がデュエル展開から想像したストーリー」で。(実際、十代のセリフ自体そういう風に取れなくもないし、傍から見てる翔は十代を「一人でなにやってんだろう」という感じで見てるし・笑)
だけどその「子どもの想像」は空虚な妄想じゃない。立派にひとつの「世界観」で、それはときには本人以外の現実世界を侵食する(本人以外を虜にする)ほどの力を持つことがある、その負の側面が表れたのが3期。
そして、その「子どもの世界観」を脱皮して「みんなで作る世界」へ踏み出すことが、十代が子どもから大人になるってことだったんだと思います。
でもその「子どもの世界観」は、十代の魂の中にちゃんと残っている。何故なら、その世界観はそれ自体がそれまで十代が生きていた世界そのもので、ユベルを生かすために十代がユベルにあげた魂そのものだから。それをもらったユベルは、十代がずっと十代らしくいられるように、大人になった十代の魂の奥でその世界を守っている。
子どもの十代の世界は「精霊たちの生きる世界」だから、十代はオネストを自分の魂に受け入れて生き延びさせることができた、という。

この「主人公の目で描く」(あるいは主人公の「感覚」で描く)書き方って、どっちかと言えば少女マンガの手法なんだよね…。
種村有菜のクライマックス展開もこんな感じになってる。私は種村有菜の展開の閉じ方(というか閉じてない最終回)が好きなんですが、意外にネット上ではご都合主義とか言われてたりして。まぁネットに文章を書かない年齢・タイプの読者に親しまれる人だと思うので仕方ないと言えば仕方ないのですが(笑)
少年マンガはどちらかと言えば「第三者の目で描く」ことが多い。ドキュメンタリー的というか、「事実の記録」という感じになる。
5D’sはGXに比べれば「第三者目線」に近いんですが、でも誤魔化してるだけで実は「主人公目線」だと思う。だからダークシグナー編とイリアステル編の落差が激しい(笑)あそこがGXで言うと3期と4期の切れ目なので。「スピードワールド」が2になったのがその証拠。
というか、「チーム・サティスファクション」が5D’sの中の子どもの世界観の象徴かな?(笑)

NASは徹底的に「これから世界観の変容を経験する(かもしれない)子ども」を対象にアニメ作ってるなーというのが最近の感想なのでした。ものすごく教育的(笑)
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2009/09/26 17:09 | Comments(0) | 遊戯王DMGX

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