十代はデュエルを、体で考えて心で楽しむ。
亮はデュエルを、頭で考えて体で楽しむ\(^o^)/
いや、その、なんであんな「肌を、肉を貫く衝撃が~」(95話)とか、「めくるめくような興奮を~」(147話)とかいうセリフ使うのかと思ってたんですが(なんかEROいから・爆)、考えた結果、いろいろあって一回心がぶっこわれた亮が唯一保っていたもの、つまり、「カイザー」と「ヘルカイザー」が唯一共有できるものが肉体の感覚だったからなんだな…と。
だからこそ、「カイザー」と「ヘルカイザー」を分けたものも肉体の感覚(衝撃増幅装置)だったわけですが。あれは結局、「勝ち負けは関係ないなんて綺麗事、デュエリストのお前は言い続けられないんだよ!」っていう最後通告なんですよね。「敗北の重みを体で味わえ!」みたいな。
だからこそ、敗北の恐怖と勝利への欲望に取りつかれてしまうんですが、その二つに対して、それよりも全力をぶつけあう興奮が勝つような、そんなところまで行きたいって…要するにカイザーのときに体験した「最高のデュエル(≒楽しいデュエル)」を取り戻したいって、どっかからは思ってると思うんだけどなぁ(笑)2期はまだっぽい。
で、亮に「体感する」ってスキルを覚えさせたのって…十代なんだよね(笑)…だから、EROいって!(笑)しかもこの表現十亮くさい…(笑)
子どもの十代は本能だけで理性というものが無いんですが、子どもの亮は理性だけで本能が無い(笑)言い替えたら、十代は頭で考えることをしなさすぎたし、亮は体で考えることをしなさすぎたというか。
結論:ヘルカイザーはエロいまぁ、身体感覚を馬鹿にするなという話ですね。
記憶が宿るのは、なにも脳みそだけじゃないらしいですし。
デュエルしようぜ=現代版:拳で語ろうぜ!